ノルウェイの森とメニエール病

午前に行きつけの散髪屋に電話して、昼前にカットしてもらった。

ゴンチャで黒糖ミルクタピオカを買って、行きつけのラーメン屋のちょっとした行列に並び、久々に豚骨のこってりラーメンを食べた。

帰って昼寝してfitoboxingしてリングフィットアドベンチャーして、夕方のさんぽでは、川沿いを後ろ向きに爆走する人とすれ違った。帰って夕食食べた後、ノルウェイの森を一気に読み終わった。

 

主人公の年齢や生活感がまるで自分の境遇とかなりマッチしたのですらすら読めた。

自分のそんなに身の回りでバッタバッタと精神病や自殺をする人はいないが、同級生に幻聴が聞こえて、明らかに躁鬱で躁のとき一才文脈がないいかれたツイートをしてしまう人や、高校時代にあなる開発して男二人温泉旅行ホモセックスなどしていた、かと思ったら浪人時代に精神病で通院し、幻聴と戦いながら大学に入学するも自殺した人がいた。彼はお腹だけがぼっこり腫れていて、それが腹筋の成果だと言い張っていた。自分もいっとき同じ予備校だったので、「これは筋肉か、脂肪か?」と聞かれた。自分は素直に、それは筋肉ではないと思う、と答えた。彼のツイッターでは、筋肉だと答えてくれる人は優しい人だ、ということらしかった。、あと幼稚園時代の友達で、小学生くらいの時点でインターネットに二次小説を投稿しまくり太宰や谷崎などを読んでいた子は進学校に入ったものの退学してN高校に通って、大学受験しかけたが結局高卒で就職した。結局彼女から谷崎潤一郎痴人の愛を借りっぱなしで今に至っている

そんな傍?自分は相対的には、大まかにいえばごく普通の学生生活を送ってきた。高校では部活で役職を得て苦労して頑張って、運動会や文化祭でわりと目立って、燃え尽きて、一浪してなんとか大学に入って、ぐうたらと過ごしてきた。ただ、自分は一貫してちゃんと人と向き合って、苦労を受け入れて真っ当に生きる、ということを拒絶してきた。親や大人が望むように振る舞うことだけはうまく、そういった点ではレイコにレズセを仕掛けた13の巨乳的な部分があったかもしれん。ただそういった仮面優等生は、自分の進路を自分で選択しろ、さあ自由だと言われた時本当に何もできない。自分もそうだった。

それでも自分のなかで瑞々しかった頃にかろうじて感じてきたリアルで賞味期限の近い感情や衝動をなんとか切り売りして、側からみれば成功、青春、そんな感じの中高生活あるいは大学生活の一部を送っていた。しかし内実は、成功者である、青春を謳歌していると疑われないためのハリボテを築き守ることに必死で、その形骸へのエネルギーに比重が置かれていた。それが歪だとわかっていながら自分にはそれ以外の方法がなかった。

自分はクラスメイトに、苗字を文字ったあだ名で呼ばれていたが、自分はその呼び方をされるとき、それは明確に自分ではない何者かだと感じていた。

そしてそういう内面を吐露できる友人はいたが、それをミスチルの桜井みたいだと言われた。

しかし桜井はそれでも音楽を信じていたし、子供全員に音にまつわる名前を授けている。グリム童話か?

桜井は2000年初頭小脳梗塞で入院した。HOMEを出す前あたり。売れる音楽を作らなければいけないというプレッシャーの中で、とにかく体を鍛えるしかないと思った桜井は階段ダッシュで心拍数200とかまで追い込んでたら倒れたらしい。それをミュージックステーションで語った時のタモリの「そんなことしたら死んじゃうよ〜」が最高だった。

ただそうした、計算ができず無理をしてしまい結果大怪我をする不器用さも含めてちょっと自分も似ている部分はあるかもと思う。

 

ハリボテの成功者ヅラがもう通らなくなってきたのは周囲で院進やら就活など本格的に始まったあたりだ。自分のなかにはもう、そうした外部に向けて何かを構築するエネルギーが一切残っていなかった。とにかく5年ほど休みたいというのが口癖だった。しかし実際休みきることができず、そんなおりに、インフルワクチンを打ったら副反応で目と耳がやられ、ステロイドで治ったものの、度重なるストレスで自律神経が大幅にいかれたようで、今メニエール病だ。ただまあ、これも今は結構よくなってきてはいる。

 

ワタナベは非常に真面目だ。愛することについて真剣に考えているし、ドイツ語ちゃんと勉強してるし。スペイン語で全てカンニングして単位を取った自分とはまるで違う。そりゃ永沢という資本主義の具現化の男に付き添っているだけで十分女とやれるのも納得だ。自分は結局童貞であることが恥で仕方なくてマッチングアプリでよくわからない中国人と池袋の漫画喫茶でsexした。クソのような初体験である。くさすぎて中折れもした。夕方にサンシャイン池袋でプラネタリウム見てから漫画喫茶に4時間ほどいたあと、池袋で別れてから高田馬場まで山手線沿いに歩いたが、自尊心のかけらもない、完全にすさんだ目と歩き方をしていたと思う。

他にもtinderでヤクザの父親を持つジャニオタのニートと新大久保で適当な肉くったあと歌舞伎町のラブホでセックスするなど。セックスの後ジャニオタが寝っ転がってる横でタバコ吸いながらswitchでポケモン剣盾やってた。セックスの後なんか甘いもん買ってきてと言われ、ジャニオタの財布からこっそり5000円抜き取ったけど翌日昼にラーメン一緒に食い行った時にバレて、「あー1000円と5000円間違ったかもごめん」といって5000円を返却するなどした。要するに人間としてマジで底辺にあって、ワタナベのような、やれやれといいながらなんだかんだ受動的にでもセックスにたどり着いている男ではなかった。

その他にも、北海道からでてきた銀座のホステス、六本木のラウンジ嬢、初体験を生理中にバンドマンに捧げたメンヘラ、etc 一緒にいてもこっちまで荒むような要素がどこかに潜んでいるような人としか会っていなかった。

大学時代かろうじてちゃんと付き合ったといえる彼女もオカルトまがいのクソサークルで搾取されて弱っていたし...多かれ少なかれ人間みんな苦労してストレスのなかにあるとはいえど、自分は弱ってる人か孤独か、ニートか、そういうようなレベルしか相手できなかった。

ポリスがブスと結婚するしかないみたいな歌を歌っていたし、syrup16gはかなり染み込んだ。「計画を立てよう それも無駄」それが紛れもない自分の現状でもあった。

 

それがワクチンの副反応で形になって、メニエールとして現れたのだと思っている。

 

ただ。

自分は大丈夫だと思えてきた。ここまでのたうち回ってようやく。

キザキや直子は、熟達が早かった分の十字架を背負っていたようだ。確かに自分も童貞喪失までリビドーの溜め込み方はすごかったし、さくっと卒業している人などをみて激しい嫉妬にかられていた。しかしサクッといけてしまう人は、それはそれでまた全然違うベクトルの苦しみがあるのだろう。大学の新歓で酒飲ませてやって退学になった同級生もいたし。それは単なる猿か。

 

つまりきわめて普通に悩んで成長してる青年にすぎないということが、心や体をある程度痛めつけ犠牲にしながらやっとわかってきた気がする。

 

大学のゼミでコンパのあと、二次会の路上飲み最中にひとりが救急車で運ばれる事態になった傍ら、まだ飲みたりねえっていって男3女1で宅飲みしたとき、女とキスしようという流れに乗っかった自分。消灯後ぴちゃぴちゃ音がしてああこれやってんな、「まじでだめ、無理」と拒絶の声。「いいじゃん」と男の先輩。しかしこれは頓挫したようで、数分で大人しくなった。そのあと、またぴちゃぴちゃ音がしてきた、「だめ、今日女の子の日だから...」さっきの男の先輩の時とは違う男。そして女はまるきり違う反応。なるほど、その男の家だったし、この男目当てだったのか。しかし生理の日に男3の中に飛び込むこの地雷女は...。そもそも飲み会の時点で俺がかなりこの女を煽ったのだ。いい女、いい女、ほんどはどうでもいい女、などと。それでいて割とその気になるのだからセックスは暴力と相性が良い。俺がある程度仕上げたのに結局違う男とやろうとしているのが、なんだかすごく腹立たしくて、俺は万が一の時のためにポッケに入れていたコンドームをぴちゃぴちゃ音がする暗闇の部屋に投げつけたあと、キッチンに行ってコーヒーを淹れた。部屋を出るときはあからさまにフェラしてる布団の盛り上がり具合だったが、コーヒー持って戻ってきたらスン、と平たくなっていた。

一体なにをしているのだろう??

明け方この部屋にはもういられんと思って抜け出したら、その日たまあたま比較的大きい神社の初詣があって、平日の朝4時すぎにはありえない異様なほどに車が路駐されていた。異世界にきたのかと思った。

 

僕はワタナベが資本主義の権化永沢に連れられてしたような淋しさを埋めるセックス、あるいはその下位互換のようなゆきずりセックス、またはわたなべが初体験を捧げた最初の愛がないセックス、それらに関しては自分も経験したかなと思う。

しかし直子との一度きりのセックス、レイコとのセックス、緑とのセックス(作中ではないが、あるいは結局しないのか)、これらはメタファーとしても、形而下の行為としても、自分にとって経験してないものだ。

 

高校時代の友人。資本主義の波にのっかって、本人のリビドーへの正直さや行動力、実行力もでかいのだが、まあよくわらかん女子高生にインスタでDM送ってカラオケ行ってフェラしてもらって、そっからというものモデル雑誌に出て無名アイドルとはいえど可愛い女の子と撮影のあいま自販機裏でキスしただとか、フォロワーの家いってやっただとか、そういう友人がいた。自分も、その友人を介してそういった女子と交流するなど、ある程度おこぼれももらった。この図式は実に永沢ーワタナベラインに似ているなと思った。資本主義の中で暴力の振りかざし方を着実に体得する彼と、そういったある種のストイックさを身につけられず悶々とする自分。

しかし結局焦って童貞捨ててもイニシエーションはくぐってないし、むしろもやもやは募ったばかりだった。

 

そんな自分も大学時代こころから好きだと思う人はいたし、そのひとの家にもいって楽しくお酒飲んでおっぱいさわるくらいはしたが、結局やるとかそういうのではなかったし。よく考えたら自分の実家に招いた唯一の女の子でもある。オカルトサークルの彼女は結局実家の場所すら教えてない。ただオカルトサークルの彼女はうちからチャリで行ける範囲で一人暮らししてたので、非常に都合が良かっただけだったんだ、ほんとうにひどい話だが。

 

その僕が好きなこは、資本主義の中で外見上、かなり、それなりにうまくやっている。いや、確実に、本質的には向いてないのだけれど、とにかくおしゃれな服を着て、とても美人で、ライブ配信SNS投稿をして、かなりたくさんフォロワーがいて、それで小金も稼いでいる。

 

自分は今でも彼女が好きだし、彼女も今は知らんが確実に一時期好意は寄せてくれていた。あるいはこちらの好意は途絶えることがないだろうということで半搾取されていた、アッシーメッシーの類かもしれないが。それでも周囲からも、付き合えるだろ、と言われるほどだった。

しかしいかんせんこちらはオカルトサークルの彼女を抱きながら、ピンサロに行ったりジャニオタから窃盗未遂したりスペイン語カンニングしたりしていたのだ。さすがに、どうにもならん。

 

しかしメニエール病というかたちで自分の膿がようやく可視化されたように思う。

 

ノルウェイの森もこうした時期に読めてよかったなと思う。

死が生の一部で、その輪郭がなくなってあちらにいってしまうほどの人もいるなかで、自分は簡単に言えば普通のクズ、ただ他人に暴力をふるうことはできない陰キャラのクズだったという、なんかその程度の感じだ。そして自分のなかで問題をぐるぐるさせて神経を疲弊させてきた。とにかく5年休ませてくれと言いまくってきた。

だが病気というかたちで体が新陳代謝を起こして、この「5年休む」を叶えてくれた。そんなすっきりした感じがある。

 

これからデートする女が生理中でやれなかった場合の二の矢を用意しておくというような、資本主義的恋愛ゲームみたいなものはある程度経験した。しかし結局のところ自分はどこかで中途半端な慈悲がでてきて、結局それは自分の神経を苦しめていた。そういった点で、資本主義的な適切な暴力をふるうのが下手であったと痛感する。

 

しかし、小学生時代。自分は自分をとても優しい人間だ、と認識していた。小学2年生で同じ赤コースの帰り道、まったく可愛くないゴリラのような女子を適当にあしらっていたら「あんたとは絶交よ!」と言われた時、ああ、絶交ってほんとにできるんだー、と絶交という稀有な体験ができたことに若干嬉しさすら覚えていた。また、各教師が人生でおすすめの一冊を紹介するという企画があったときに、ただひとり週刊少年ジャンプをおすすめにあげていた、哀愁と人間味漂う、僕の大好きだった、自由で、しかし一部の女子やその親からかなり舐められていた先生がいたのだが、小学五年生の時の授業参観で僕はその先生に足を引っ掛けてすっ転ばせたりした。これのどこが優しい人間なのだろうか。

小学4年生のときにクラスの総合の時間で百人一首大会があったのだが、トーナメントに敗者復活トーナメントも存在していた。僕は初戦で敢えて負けることで、一回負けてから敗者復活で勝ち上がろうとする人なんていないだろうと予測をたて、その作戦がドはまりして、楽々敗者復活トーナメントを勝ち進んで、決勝までたどりついた。決勝の相手はまあ負けても仕方ない、頭もよければ絵もうまい転校生だった。当時流行っていた青い鳥文庫の「パスワード」シリーズを、自分でオリジナルで作ってしまうような創意工夫に富んだ人だった(パスワード新緑のバスツアー。ああ、今こそ読んでみたいものだ) 決勝は、まあ負けてもしょうがない、と思って臨んだのだが、彼が優勝を意識するあまり緊張したのか、僕のほうが優勝してしまった。そしたら彼は号泣してしまって、廊下で「お前とはもう遊んでやらない!」と宣言された。僕は「は、はあ」というような感じで反応に困っただけだった。翌日昨日はごめんと謝られた。本当に良い子なんだ。それに比べて自分のやったことは実際狡猾で暴力的だった。

僕の友人も自分は優しい人間だという自覚を保ちながらも、小学生時代に水筒で殴った経験をもっていた。

あるいは、僕もその友人も同じ進学校に入りそこで出会ったのだが、その進学校自体、そういった人間がいっぱいいた。ある先輩が言っていてすごく納得したのだが、「俺たちって寛容だよな」と言いながら全員スリザリンみたいなやつしかいない学校だったと。

 

つまり自分は資本主義的な正当な暴力、あるいは権力の行使の勘を、もともとある程度もっていた人間だったといえそうだ。それは自分に限らずかなり多くの人が。そして、結果的に思春期あたりの人格形成のなかで挫折こそしたものの、それは自分のなかの中途半端な慈悲が結局うまくいかせなかったためである。

そういった慈悲ゆえに僕が僕を傷つけてしまうような脆弱さはもちろん他人から見てもわかったのだろうし、ある種ミスチル的だっただろうし、結果メニエールになるまで引きずってしまった。しかし、こうした慈悲を正当に形にしつつ、資本主義的な正当な暴力も身につけることができれば、僕はもっと強く生きることができるなと思う。

自分は永沢にはなれないし、直子(あるいはキザキ)のように純白ではないけれど、このちょうどいいクズさと人間味が意外と悪くないのではないかとようやく思えてきた次第である。

 

こうした自分の性質を少しずつ形にしていきたいと思う。

また、今でも好きな資本主義下で一応上手くやってる感を出してるあの彼女の前で、恥ずかしくないような人間になれるようにすこしずつ動いていきたいなと思っている。

 

 

 

 

 

 

※各エピソードはパッケージとして仕上がってると思うけど、順番とかは勢いで書いたので読みづらいかもしれない。

ただ自己攻撃性はもうないものをかけた。ただ黒歴史的な事実を暴露しまくっている点では恥ずかしさはあるが、ちゃんと事実を自分の言葉でかけたので満足はしている。

これは間違い無いよというおすすめの曲たちをCDに焼いて誰かにプレゼントする時に、入れる曲はある程度確信を持って決められているが、その曲順とか構成だけちょっと悩ましい、というような感覚だ。

だからいずれ書き直してしまうかしれないという点だけちょっと、いっておきます...